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パソコンに向かうのは,「一日三時間」と決める [備忘録]

てな訳にはいかない?いく?いくべき?いや,無理だろ...

情けないことに,インフルエンザにかかり
たまっていた本を一気に読んだ.

水野学:『アイデアの接着剤』,朝日新聞出版,2010.10.

p.64
 最後に,すぐにできる実践的な「客観性をつけるテクニック」を
 付け加えておきたいと思います.
 それはごく単純で,パソコンに向かう仕事を,一日三時間に限定すること。

水野さんは,いまをときめく「グッドデザインカンパニー」の代表であり,
日本を代表するアートディレクター.
そんなデジタルイメージの人が,上記のような発言を.

しかし,読んで納得

同pp.64-65
 (Macの導入などによって,圧倒的に処理時間が早くなったにも
  関わらず,デザインをして仕上げるまでの所要時間は変わらない)
 理由は,「考える時間」と「作業の時間」と「だらだらやっている時間」を
 すべてパソコンの前で過ごしているからではないでしょうか。

ご名答!
そうです,その通り.
流石です.さすがトップクリエーター.

職種は違いますが,いたく納得したので,早速
仕事場の机の上を片付けて,パソコンの場所を
メインからサブへ,ちょっと移動してもらいました.

ちょうど,ノートを本格的に復活させて,
手帳&ノート体制に戻そうとしていたので,
しっくりきた.

3時間目標に頑張ります!

五足の靴 [備忘録]

九州に来て,五年目もそろそろ終わる
この時期に読みました.

『五足の靴』,五人づれ,岩波文庫,2007.5.

p.8
  五足の靴が五個の人間を運んで東京を出た。五個の人間は皆ふわふわとして落着かぬ
 仲間だ。彼らは面の皮も厚くない,大胆でもない。しかも彼らとして少し重味あり大
 量あるが如くに見せしむるものは,その厚皮な,形の大きい五足の靴の御蔭だ。

明治40(1907)年7月終わりから8月いっぱい,
与謝野寛率いる,北原白秋,平野萬里,太田正雄(木下杢太郎),吉井勇ら
五名の若き詩人たちは,北九州を旅した.

下関,博多,柳川,唐津,長崎,天草,三角,熊本,阿蘇...
どの風景も,その基盤は味わったことはありそうだ.

しかし,彼らの爽快さに,思いを馳せる.
その,時代の精神を想像する.
清々しい旅だったのだろう.それぞれに思いはあるにせよ.
群像っていいな.


全くジャンルは違うけど,
年末に読んだ『悪人』,吉田修一,朝日新聞社,2007.4.
と,この『五足の靴』,本に載っている地図は
ほとんど同じ.

絵を見る満ち足りた時間 [備忘録]

あけましておめでとうございます.
お正月に読めた唯一の本でした.

安野光雅著『絵のある人生-見る楽しみ,描く喜び-』,岩波新書,2003.9.

pp.10-11 絵を見る満ち足りた時間

「人はなぜ絵を見に行くのか」ということについて思い当たることがあります.
(中略)
ところで,風景もさることながら,美術館のほうが「密度が高い」と感じるのは,何故でしょう.
 思うに,昔の絵は長い時間かけて描いたものばかりです.その絵には,
絵が描かれていたときの,時計で計ることのできない時間(思索)があり,
絵ができあがってから,こんどは時で計る意味の時間(歴史)が,
ほこりのように降り積もっていると思うことができます.
絵を見る人がその時間を共有するのだとしたら,密度は限りなく高いことになります.

安野(あんの)さんは,『ふしぎな絵』や『旅の絵本』など福音館書店を中心に,
絵本で有名な画家です.僕も,最近娘の絵本探しに図書館へ通うようになって
懐かしさから再び手にすることになりました.

幼かった頃の僕は,安野さんの『はじめてであうすうがくの絵本』や『ふしぎな絵』
などを読んで,まねして絵を描いたり,ゲーム的なこと(当時,数学はそういう雰囲気だった)
を考えて遊んだ記憶があります.

上記の文章は,
思索と歴史との絡みが,絵という風景にどのように現れるかが,
私と誰かの間で共有される時間の話と結びついていて,
なるほど,と思った次第です.

今年も,誰かと何かが共有できることを目指し,頑張ります.
みなさま,今年もよろしくお願い申し上げます.

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