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Suisse [フランス便り]

1月25日から28日まで,3泊4日でスイスに行ってきました.
熊本時代から何度も調査に出かけたHONDAくんと木橋,文化財調査です.

調べて,とても勉強になりましたが,スイスは
英語表記ではSwiss Confederationですが,
実際公用語は,ドイツ語,フランス語,イタリア語,ロマンシュ語で,
略称でよく用いられるCHは,ラテン語名「Confoederatio Helvetica 」の
略だそうです.ちなみに,漢字では「瑞西」の標記.
仏語が,Suisseです.

Gare de l’EstからTGVで4時間半,スイスはZürichに到着です.
何度乗っても,国境を越えていくTGVには感動します.
しかも,パスポートコントロールもなく,EUというのは国の概念を
変える大変革だと思います.レンタカーで3泊とも別の場所です.


以下,スイス3都市物語.

■Luzern(ルツェルン)
Kapellbrücke(カペル橋)とSpreuerbrücke(シュプロイヤー橋)という
Reuss(ロイス川)に架かる木橋2本を見に行きました.
両橋とも,旧市街と新市街を隔てるロイス川に架かっていますが,
カペル橋は特に,城壁の一部として水面に建造された防御ラインとして機能
していた経緯を持ち,文化財級の格付けの名物橋です.

しかし,このカペル橋,1993年川を行き交う舟からの煙草の不始末で失火,
橋の9割が失われるという大失態.(現在は復元されています)
当たり前のことですが,今回スイスで見た木橋には全て「火気厳禁」の
サインが貼り付けられていました.

そんなルツェルンで一番,僕の興味を惹いたのは,
Luzern Bahnhof(ルツェルン駅)を出て丁度正面(旧駅舎の門のみ現存)
にあった,湖岸の港でした.駅の脇にはジャン・ヌーベルの市立美術館もあり,
こちらはこちらで,現代の港があるのですが,
僕のお気に入りは,このいかにも近代然とした港です.

swiss1.JPG
小雪がちらつく(ちなみに,氷点下6度の極寒)でしたが,
思わず船に乗りたくなったのは言うまでもありません.
(この直後,諸事情によりブーツ購入)

市役所の方の話では,対岸はかつて湖だった場所が,
ホテルの林立により埋め立てられ,現在はそういうハーバーに
なっているそうです.しかし,水辺としては断然こちらの方がいい.
だって,駅についたら正面が港なんですもの(熊本のどっかと一緒).
無人のチケット売り場で,湖を囲む緑豊かな山々と遊覧船のルートを
書き記した地図を入手し,ほくほく顔の僕.

■Bern(ベルン)
1983年に旧市街が世界遺産登録されたスイスの首都です.
東南北の三方をAare(アーレ川)に囲まれた旧市街地は高台にあり,
いたる所に水飲み場が設置されていました.
かつては,木造都市だったそうですが,1405年の大火後建築が石造となり,
二度の戦火も免れ,中世の町並みが残っているそうです.

ベルンのメインストリートは,中央駅からまっすぐ東に延びています.
ちょうど,旧市街地のある高台の背骨のように.
この通り,駅周辺ではシュピタル通り,東の方に進むとマルクト通り
そして,旧市街地の西端に位置したと言われる時計塔を過ぎると
クラム通り(Kramgasse)さらにゲレヒティクカイト通りと名を変え,
アーレ川を渡るNydeggbrücke(ニューデック橋)に至ります.
通りの両側に延々と石造の重厚なアーケードが続きます.

swiss2.JPG
これは,ニューデック橋の東端,旧市街地を対岸から見た風景です.
塔は,19世紀末に増築されたMünster(大聖堂)の尖塔で,スイス最大の
ものだそうです.この塔のちょっと右辺りから手前右の橋にかけて
先のメインストリートが延びているのですが,この通りにもいくつもの
水飲み場が設けてあります.

写真手前が,アーレ川で画面右に流れています.
川縁に市外の建物(木造も多い)が建ち並び,橋を渡った旧市街地と
二層の都市を構成しています.
旧市街地の南側では,アーレ川に巨大な取水堰がありましたが,
旧市街地の水ははるか上流から運ばれているような気がします.
(勉強不足なので,次に行くときはちゃんと調べて行かなくては)

古くからの街なので水は豊富なはずです.
どの辺りに取水口があるのだろうか?
大火と建築の更新,都市域の拡大などなど興味深いテーマが
尽きないこの街には,また訪れなければなりません.
「ベルンの朝」のリベンジのためにも...

■ZÜrich(チューリッヒ)
チューリッヒは,ドイツに近いスイスの東の玄関口です.
しかし,フランスからTGVに乗ると,国境近くのBasel(バーゼル)の
次はチューリッヒ,なんとなく違和感があります.近いような,遠いような.

そういえば,スイスはかなりドイツでした.
バーゼルはBâle(バール)とフランス語表記もあるのに,
チューリッヒはZürichのみ.
街でも,聞こえてくるのはほぼドイツ語ばかり.
ドイツ語で話しかけられ,だめと分かるとすぐ英語となりました.
HONDAくんが,がんがん話かけるので,負けじと頑張りました.

Zurich Hauptbahnhof(HB)チューリッヒ中央駅は大きな駅で
国際空港へも,鉄道(SBB)で約10分とたいへん便利です.
チューリッヒ大学やスイス連邦工科大学もあり,国際的学都とも
いえるのでしょうか.

まちは,Zurich See(チューリッヒ)から流れ出すLimmat(リマト川),
運河と山々から流れ出す小河川が水網をつくる水都のイメージ
でした.関西人の僕としては,大きな瀬田(琵琶湖岸)のイメージ.
ルツェルン,チューリッヒ,(おそらくジュネーブも)湖の水が流れ出す
場所に立地している都市は似ているのではないかしら?

swiss3.JPG
Rathausbrückeの上にある旧市庁舎,
Münsterbrückeの左右岸には教会,聖堂などが建ち並び,
リマト川を軸線とした都市の焦点です.
中村先生から習った特性景という言葉を思い出しました.
多様な都市軸の交点.見る-見られる関係の焦点.

郊外は工業都市の様相でしたが,
リマト川以外も,運河や小河川など,湖岸を感じる場所が
随所に見られました.きっと,夏に行けば,もっと周辺から
街を見ることができ,確信を持てるのでしょう.
確かに,豊かな水辺の街でした.


今回は,いずれの街も2時間程度の短い滞在でした.
何かが分かったという訳ではないけれど,スイスという国で
いろんなものを見て,少しの人たちと会話して,
美味しい食べ物を食べて,いろんなことを考えたことは,
何かしらの役に立つと思います.
そして,HONDAくんと語り合った様々なことは,これからの僕の10年にとって
とても重要な意味を持つような気がしています.ありがとう.

Provins [フランス便り]

中世市場都市として世界遺産に認定された
Provins(プロバン)に行ってきました.

ParisはGare de l’Estから鉄道で約90分,
途中列車からの眺めは,郊外の田園風景そのもので,
終点に近づくにつれ,ぽつぽつと教会を中心とした
集落が現れ,心地良い列車の旅でした.

「Parisから行ける世界遺産小旅行」的な調査
だったので,あまり下調べもせず,小さな
ガイドブックの地図だけを頼りにまち歩きです.
駅に着くと,目の前に小川越しに煉瓦造の古い邸宅が並び,
直感的にああこの街はいいかも,と思った.

小川を辿るように市街地を彷徨い始めると
水路網が形成され,これに沿って比較的古い町並みが
形成されていること,そして趣きがあることが知れた.
provins1.JPG

歩き始めると5分もせずに,
高台に教会らしきものが見えてきた.
丘陵上の旧市街地が世界遺産指定という感じかと思い,
階段を上って一気に丘の上に.

街の中心と言われているセザール塔を見つけ,
立ち寄るも14-17時のオープンという.
ま,この季節ならば仕方がないか.
Office de Tourismを探す.

Infoのある方へ歩いて行くと,城門が現れ,続いて
城壁が確認できた.城外へ出て「あーなるほど世界遺産」と思う.
観光案内所は立派なもので,季節が良ければ相当な人が来るんだろうなぁ
という印象を受けた.地図(日本語もあり)やその他のガイドも充実していた.

地図を手に,城壁を見て回る.朽ち果てた部分もあり,
活用,保全について考える.丘陵部と低地部の両方を
歩いて,当地の地形が分かり始める.
旧市街地の中心部でランチ.2時にはセザール塔へ.
塔からの眺めは素晴らしかったが,そこそこに丘を降りた.

やっぱり,水路が気になる.
最初に見た小川やそれに沿って建っていた建築や道も,
何かを期待させるものだった.実際,中世Provinsの繁栄は,
毛織物産業などを支えたこの水がもたらしたものだと,
地図にも書いてあった.

城壁の堀と市内の水路網.名を持つ川は二つ.
町外れでは豊かなフランスの郊外を思わせるが,
中心部ではかつての活気溢れる都市の賑わいを彷彿させる.
印象としては,日本の水辺より一段(家屋の半階分ぐらい)低い.
橋の上から流軸方向に眺めると,断面図的にその違いが分かる.
provins2.JPG

郡上八幡や柳川など,水辺に降りていく感じで階段や共同洗い場などが
しつらえられているが,Provinsを含め欧州の水辺では水面ぎりぎりか
もしくは多少引き込んで,半屋内といった感じの場所を洗い場としている.
場所は違えど,その場所で感じられる水と生活との「親密さ」,
しつらえられた空間とその場所での生活を支える文化,技術の豊かさは
共通している.

世界遺産と水路網.
あちこちで見かける構図だ.予想していなかった訳ではなかったが,
ここProvinsでも.いや,予想外の収穫だったか.
最近,「何が世界遺産で,どう保全」みたいな流れに,ちょっと
しんどいな,と思い始めていたので,考え直すよい材料になった.
遺跡ではないのだし,そこに生活はある.

まちを歩いていて,多くの子供達に出会った.
わーわー,きゃーきゃー,楽しそうに大勢で騒いだり,
仲良く下校している二人など,いろいろだ.
平日の昼間だから当たり前なのだ.
でも,こんな風に当たり前に世界遺産に住んでいることが
一番大切なんじゃないかな,と思った.

Belgium [フランス便り]

1月12日から二泊三日で,ベルギーの3都市,
Brussel,Antwerpen,Bruggeを訪れました.
フランス語で書くと,Bruxelles,Anvers,Brugesです.
ブリュッセルは国連施設が集中するベルギーの首都,
アントワープ(英語表記:Antwerp)は16世紀北西欧州最大の商業都市,
ブルージュはフラマン語(オランダ語)で「橋」を表すブルッヘという街の名前が表す通り,
北のヴェネチアと呼ばれる,美しい運河の街です.

しかし,今ベルギーも大寒波で,移動中の車窓は一面真っ白の雪景色,
終日,おそらく氷点下と思われる気候のなか,せっせと街歩きしてきました.

Paris Gare du Nordから真っ赤なタリスに乗って,約80分で
Bruxelles Midi南駅着です.そこから,またベルギー国鉄に乗って,
約45分でBrugge到着.


■Brugge
駅前は,広大な駐輪場.Bruggeの人はこんな雪の積もった中でも
みな自転車で駅まで来るようです.
ガイドブックにもありましたが,Bruggeの街は,徒歩で堀に囲まれた
旧都城内は見て回ることができました.ただし,寒さは堪えます.

ベルギーはフランス語圏と聞いていたので,フランス語を試してみましたが,
敢えなく敗退,英語が通じます.助かった.
街は,雪のせいもありますが,京都の祇園界隈や金沢に近い印象です.
城郭内は,真っ白な運河(全て凍っていてその上に雪が積もっていた)が
配置され,道もそんなに広くありません.

belgium1.JPG
写真は,グルーニング美術館の前の運河です.
「静謐」という言葉がBruggeにある世界遺産の一つベギン会修道院の
形容詞として使われていましたが,街全体もそんなイメージです.
夏場は,観光用のボート乗り場になっているようでしたが,
人っ子一人いません.

昼食後,街を縦断し北東の外れのダム橋というのを見に行って
(運河が凍っていて,何がダムかは不明),そのまま東の端
都城の3時の方向にある城門まで歩き,4基の風車を全部見ました.
オランダでも数基見ましたが,ここのは近年復元されたものだそうです.
とにかく歩き回ったので,ベルギーの古都,しかもかつては舟運によって
繁栄していた街の大きさは感じ取れました.こんな小さな街に世界遺産が3つも.
街の中心部,Markt広場の繁栄振りは,後で述べるBruxellesのGrand Place
やAntwerpenの広場にも勝るとも劣りません.時代の推移という点で,
3つの都心広場を見比べられたことは興味深い体験でした.

■Antwerpen
アントワープには,二日目に行きました.アントウェルペンとは発音しにくいものです.
ノートルダム(アントワープ大聖堂)にある,ネロ(ご存じ,フランダースの犬の主人公)も
一目見たかったというルーベンス(1577-1640)の描いた三連祭壇画を見るつもりで訪れた
という訳ではないのですが,結果的にはネロと同じような思いをしました.
凍えるような静寂のなか,ただただルーベンスの描いたキリストを眺める,という.

Antwerpenは,Bruggeの河港が河床の堆積によって使用不能となった結果
繁栄が移ってきた河港都市であり,かつスペインとの80年戦争が始まると
その地位を,Amusterdamに奪われた,という歴史を辿ります.
ダイヤモンドの取引の中心地として栄え,16世紀中盤に最盛期を迎え,
その後,衰退という歴史を感じさせる中心市街地でした.

Antwerpen Centraal中央駅までは,Bruxellesから快速で約35分.
この中央駅がすごい.地下から地上まで,内側も外側も.
街は比較的大きく,トラムが縦横無尽(地上も地下も)に走っています.
中央駅から3駅ほどで,河港近くのGroenplaats広場まで.
ノートルダムも市役所のあるGrote Markt広場もすぐそこです.
広場には壮麗な市庁舎の他に,各種ギルドの商館が並んでいました.

しかし,アントワープで最も目を惹いたのは,世界遺産にもなっている
プランタン=モレトゥス(Plantin-Moretus)博物館(印刷博物館)でした.
正直,当地に行くまでは,訪れることを迷っていたのですが,
入ってみて大正解でした.博物館一個が世界遺産なんて,たいそうな
と思っていたのですが,納得でした.

この博物館は,「16世紀から続く印刷・出版所を完全な状態で今に伝える
世界唯一の施設である」ことが評価されて世界遺産となったそうです.
belgium2.JPG
これは,初代「王の印刷者」として活躍したクリストフ・プランタンのモットー
「精励と不動-Labore et Constantia」と黄金のコンパスを組み合わせた
オフィシリーナ・プランティニアーナ(印刷所)の商標を模した石彫です.
博物館の正面に,堂々と掲げられていました.

印刷という情報革命に携わった技術であるからこそ,約300年の歴史を
完全に今に伝える,という使命をこの博物館は担ってきたのだ,と感じました.
人の手から手へと伝わる本や印刷物自体,それを創り出す技術,それに関わる人々
博物館を巡りながら,そんなことをぐるぐる考えました.すごいなぁ,と.
ものとその場所の履歴から見える風景が,そこは確かにありました.

■Brussel
ブリュッセルは,二泊とも世界遺産であるGrand Placeのすぐ側に宿を
とったので,三日目だけ市内を巡りました.

北駅,中央駅,南駅と市内に3つも駅があり,国連施設の集積地ともなっており,
王宮はあるは,Hortaをはじめとするアールヌーヴォーの建築群の宝庫であり,
と何でもかんでもあって,少々疲れました.おまけに,年に一度の王立美術館の
「ご存じ」定休日にでくわしたり,ちょっとしたハプニングにも遭遇したりして
やっぱり首都は首都です.他の街とはちと違う.

belgium3.JPG
初日に目にした,Grand Placeの夜景ですが,これが結局一番圧倒された
Brusselの風景です.中心は「王の家」と呼ばれる市歴史博物館です.
展示は,市街地の風景や市域の拡大などを地図で表現した,面白いものでした.
図録が欲しいなぁ,と思いましたが,見あたりませんでした.
おまけとしては,ブリュッセルのマスコット「小便小僧」の着替え衣装など.

Grand Placeから王宮,そして東の方へと,なんでこんな傾斜がきついのだろう,
と思っていたのですが,博物館でジオラマを見て納得.
かつて,Grand Place周辺は川が流れ河港近くの商業地だったのですね.
最後に,運河跡などを観察.首都の首都たる由縁を確認.


ベルギー3都市巡りは,二泊三日の旅としては,十分満足のいくものでした.
3都市ともに世界遺産も充実していて,公共交通も発達し,
観光面の努力も感じられました.Belgiumという南ネーデルランドとも言える
オランダとの兄弟国のようなこの国の主要都市を見れたことは,前回
Hollandを訪ねたこともあって,欧州を知るよい勉強になりました.
もちろん,一度の探訪で何が分かったなどと大きなことは言えませんが,
都市による相違や,思ったほどフランス的ではない国民性や,
オランダやドイツとの共通点など,興味は尽きません.

そうそう最後に,ベルギーのビールは,これまたたいへん文化的で興味深い.
料理も○.ドイツとフランスの中間地点という立地の成せる技か?

二度目のLyon [フランス便り]

大晦日,元旦をParisで普通に過ごしたので,
娘の幼稚園の休みを利用して,2日から4日まで
2泊3日でLyonまで小旅行に行ってきました.

Lyonは,昨年9月に一度訪れているので,
今回は二回目です.
前回は,教え子や友達と訪れたので,アクティブに市内を
動き回りましたが,今回は家族3人のんびりと過ごした
感じです.

TGVで約2時間,あっという間にLyon Part-Dieu駅に着きます.
何度乗っても,TGVのお得感(早割のようなシステムのお陰)は
すごいなぁ,と思います.
列車はさほど混んでいる様子もなく,駅も穏やかでした.
やっぱり,正月二日だからそんなものか,と思っていました.

駅前からメトロに乗り,B>Dと乗り継いでBellecour
ベルクール広場へ.D線は無人運転なので,車両の最先端に
乗ることができ,娘は大喜びでした.
前回は,メトロ,トラム,バス,トローリーバス,ベロブと
公共交通使い倒しの旅でしたが,今回はメトロとバスだけで
済みそうです.これも,公共交通一日券が4.6ユーロなので,
比較的安価で,中心市街地を行き来できます.

初日は,Funiculaire(これも公共交通の一部)でソーヌ川の
右岸にあるFourvièreの丘(山?)に登り,Lyonの市街地を一望したり,
ノートルダムを訪れたりして過ごしました.

Lyonと言えば,美食の街として有名です.
ホテルもプレスキュル(ローヌ川とソーヌ川に挟まれた半島)内に
とったので,昼食と夕食は,思案のしどころです.
初日は,イタリアン,和食と普通に美味しく頂きましたが,
二日目からは,Lyonらしいもの,を探して食事を楽しみました.
当たり外れはありましたが,三日目の昼食を食べた
美術館のCaféは当たりでした.美術館自体の雰囲気もよく,
Caféも居心地が良さそうで,夏に来ればテラスで楽しい昼食が
できそうでした.

Lyonは二日目から猛烈に冷え込み,とうとう三日目には
ご覧のように雪になってしまったので,美術館と
Vieux-Lyon(旧市街)周辺を散策するに留まりました.

Lyon1.JPG

Lyon2.JPG

雪のLyonも,本当に美しい.

二度目のLyonということで,行きたい場所には
的確に行けるようになっていた反面,前回見たLyonとは
また違う一面にでくわし,戸惑うこともありました.
しかし,同じ街を二度訪れることは大切だなぁ,
季節も違うし,曜日や同行した人も違う,
まちは本当に生きているなぁ,と実感しました.

余談ですが,
1月3日は日曜日で,たまたまPart-Dieu駅に立ち寄ったら
すごい人でした.大きな荷物を抱えた人たちであふれかえり,
きっと帰省していたり,帰省から戻ってきたりした人たち
なんだろうという印象でした.比較的若い人たちが多かったので,
年末を実家で過ごしたのかなぁ,という感じ.
僕は,学生時代帰省というものをしなかったので,
毎年年末に現妻が帰省するのを,京都駅まで見送りに行ったのを
思い出しました.少し懐かしい感じがしました.

謹賀新年 [フランス便り]

あけましておめでとうございます

今年は,Parisにいるので,年賀状を失礼して
ここで挨拶とさせていただきます.

旧年中は,本当に多くの方々のお世話になり,
なんとか家族三人フランスでの生活をスタート
させることができました.ありがとうございました.

早いものでフランス滞在も,もう残り11週間という
ところまできました.まだまだ,やりたいことが
たくさんあり,本当に時間が足りません.

大晦日,元旦とParisの家で,普通に過ごしたのですが,
(いつもよりも,テレビをつけている時間が長かったぐらい)
とりたてて,街の雰囲気が変わることはありませんでした.
元旦は,クリスマスの当日と同じぐらいの静けさでした.

昨夜,大晦日は,11時頃に毎年のように年越しそばを
二人ですすり,少しフランスらしくシャンパンを飲んだりして,
テレビをつけてpcに向かいながら過ごしました.
ちょうど0時になった時に,テレビでカウントダウンを聞いていたら,
外からクラクションが10分ぐらいかな?なりっぱなしになって,
大きな声で「ボナネー」と叫んでいる人が何人かいました.
シャンゼリゼの方は,すごい人出だったらしいけど,よく分かりません.

異国の正月,こんな感じでした.
明日からは,2泊3日で,家族共々Lyonに行って参ります.

今年も,何卒よろしくお願い申し上げます.

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