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Neige [フランス便り]

雪です.
とうとう,積もりました.
11月頃から,毎日のように雨が降っていたParisでは,
12月に入り,めっきり寒くなり,朝娘を幼稚園
送っていく頃はまだほの暗く,氷点下を感じるような
冷たい風が吹きすさんでいました.

17日朝,この冬二回目の小雪がちらつく中,
娘を幼稚園に送るために,最寄り駅から
3bis,3番線,9番線と乗り継ぎ,Ienaの駅で
地上に出ようとしたら,なんと猛吹雪.

娘に帽子を被せ,フードをさせて,完全防備で抱っこして
表に出ると,一面真っ白!
娘は,「こんなに真っ白な雪を見るのは初めて!」とご機嫌の様子.
クリスマスだからかなぁ」
確かに,今日は幼稚園のクリスマス会ではあるのだが,
ノー天気な娘の喜びに,僕もなんだか悪くない気分でした.

週末は,娘を連れて,La Villette公園のCitéに遊びに行きました.
ひとしきり屋内で遊んだ後,雪の積もった公園に出てみました.
 
neige1.JPG
 
夏は,大勢の人が寝ころんだり,遊んだりしている
芝生は,白銀の世界です.

一方,街はというと,Noel前の賑わいを見せ,
右岸のデパート界隈も,こんな感じ.
 
neige2.JPG
 
天気の悪さもなんのその,
ギャラリー・ラファイエット,プランタン,三越などなど,
どこも,子供向け?に趣向を凝らしたショーウィンドウを飾り付け,
大勢の人が行き交う,賑やかな風景です.

日本とは,また違う年末の風景.
面白い体験です.

仕事場 [フランス便り]

渡仏後,7ヶ月も経ってようやく,
研究所に「自由に」出入りできすようになりました!

いったい,今までどうしてたの?
とみなさん,思われるでしょう.
なんとも,情けないお話で.


研究所の僕の机に入るまでは,鍵が二つ要ります.
1)建物自体に入るドアの鍵
2)建物の4階(日本で言えば5階)の部屋に入るドアの鍵

cnam1.jpg
これが,みなさんが言うところの「バッジ」です.
1)の鍵に当たります.
職員証のようなものですが,これをドアの横にある
インターフォンの下の黒いぽっちに近づけると
「ピッ」と音がして,研究所のドアが開きます.

話せば長くなりますねぇ...

フランスの建物の入り口は,何となく日本人には(僕だけか?)
不慣れで,人がいても愛想が悪かったり,まるっきり人が
いないのに,ボタンを押せば簡単に入れたり...
全く異文化です.

2)の建物内の部屋の鍵は,
渡仏後一ヶ月ほどして,バカンスシーズンに入り始めた頃に,
あんまり僕が研究所に来るので,見かねたじらーる(助手さん)が,
「スペアキーだよ,自由に使いなさい」と渡してくれました.
こっちは,極めて簡単に解決.

そもそも,部屋の机と椅子,そして書棚に関しては,
初日に,ぎえるむ先生が「ここ自由に使っていいよ,そしてこの書棚も」
と,あっという間に居場所ができた次第です.

問題のバッジは,5月末に,ぎえるむ先生が直々に
書類を手渡して下さり,CNAM(所属組織)の本部に
送って下さった「はず」だったのですが...

実際は,あれから約6ヶ月,「今日こそ来るか,手渡されるか」
と毎日思いながら,その気配がなく,時間は過ぎていった.
秘書さんが来てそうな時間までは外で時間を潰し,
インターフォンで「Bonjour! C’est Naoto TANAKA…」
とドアを開けてもらう毎日.
これが,朝とお昼ご飯の後の二回.
最初の頃は,お昼の時間が読めなくて,1時間ぐらい
公園で本を読んでいたり,外に出づらいのでサンドイッチで
昼食を部屋で済ませたり,と.ほんと情けない.

先のバカンスシーズンには,
じらーるが,「バカンスの間はこれを使いなさい」と自分のバッジを
貸してくれ(これ,書いても大丈夫だよね?)9月までは
なんとか快適に過ごしたものの,また二ヶ月ほど「振り出しに戻る」的な.

一応,受付には管理人さんのような人がいて(これがまたいい人!)
インターフォンで誰もいない時なんかは,わざわざドアを開けて
くれるのだが,最初の二月ほどはよかったものの,さすがに9月には
「ちゃんとバッジもらった方がいいよ」と,
連絡先の電話番号まで教えてもらう始末.

電話をすればいいのでしょうが,これはほとんど不可能(語学的に)な状態で.
また,ぎえるむ先生やじらーるに言い出すのも,なんとなくきがひけ...
(研究所に何ら寄与できている訳でもなく,何となく不法滞在者のような)
時は過ぎていったのでした.

10月に復帰した第一秘書のそふぃあが,毎朝インターフォンが鳴るのが
気になったのか(他の人は気づかなかった?or気にしていない?)
状況を聞いてくれ(といっても,全てフランス語なので通じているかは定かではない)
第二秘書のまりかが,「来週の月曜日取りに行きましょ!」と言って
くれたので,月曜日待っていると,現れたのはそふぃあでした.
(後日,まりかが風邪を曳いたので,そふぃあに連絡してくれたことが分かりました
 ありがとう,まりか,そふぃあ)

「あー,なるほど」と思いながら,CNAMの本部に連れてって頂き,
受付横の事務室みたいなところで,写真をぱちりと撮って,
バッジがうぃーんと出てきました.所要時間15分.
極めてすむーずに事が運んだのですが,なんだか懐かしい気がしました.

思い返せば,渡仏後3ヶ月(バカンスシーズン)までは,
滞在許可証やらなんやかや生活関連に振り回されていて,
すむーずに事が運ぶことなんて,ほぼなかったので,
「これがフランス式」と言い聞かせていたのですが,
案外ほとんどのことが実際は簡単に済むので(注:紆余曲折の後)
その度に「なるほどねぇ」と妻と顔を見合わせていました.

cnam2.jpg
そして,これが僕が使わせて頂いている机と書棚です.
今は現実ですが,そのうち懐かしくなるのでしょうね.

Montpeyroux [フランス便り]

さて,いよいよフランス滞在が,
残り16週となりました.
まだ,4ヶ月あると言えば,あるのですが,
16週と聞くと,なんだか焦ってしまいます.

これまで訪れた街のなかで,ご紹介していない
とっておきを.

Montpeyroux (モンペルー)です.
初めてAuvergneに行った日に,最後に訪れた街です.

montpeyroux1.JPG

Allier川の対岸から見た時には,
Auvergneの広々とした風景の中に,融け込むように,
風化するかのように,塔がすっくと立っているのが
印象的でした.

街に入った時には,すでに陽も落ち,
夕闇が迫っていましたが,この街は確かに
生きているのでした.観光に特化した街なのですが,
ちゃんと人は住んでいます.
畑もあるし,花も飾ってある,そして夜になると
電灯も点き,どこからともなくいい臭いもしてくるのです.
 
montpeyroux2.JPG
  
Auvergneの大都市Clermont-Ferrandから車だと,
わずか30分ほど,観光を生業としている他に,
こういった周辺の都市に働きに出る人もあるそうです.
最近は,芸術家や起業家に,住居として
新規の人口の獲得施策を打っているそうです.

たくましいというか,当たり前のことなんですよね.
住む人がいないと街は滅びてしまいます.
産業とはそういうものなんですよね.
生業なんですから.

のちろん,ここAuvergneでも地域の基幹産業は農業です.
しかし,観光も産業なのです.
その担い手は,必ずしも観光に従事しているとは限りません.
どうやら,これは訪れる場所だけの問題ではありません.
訪れる主体の方にも仕掛けがあります.

仕掛けというか仕組みというか,文化ですね.
なぜ,人は街を訪れるのか?
フランスでは農村でも,街なのです.
ちゃんと,人が集って住んでいる場所は
街としてのアメニティを備えています.
矜持というのでしょうか.

かけがえのない街なのです.
しかも,誰でも住人になれば楽しめる.
フランスに厳密な意味で「村」はありません.
Parisでも,Montpeyrouxでも街なんだと思います.たぶん.

Caen [フランス便り]

カーンと読みます.
9月にNormandieでコロークがあった時に,
帰りの列車を途中下車して,3時間程度
見て回った街です.

フランスでは,いま
トラムと自転車が超流行っています.
流行かどうかは別として,ある程度の大きさの
都市であれば,必ず取り組んでいる事業の
ように僕の目には映ります.

カーンは,第二次世界大戦時,上陸作戦以後の
戦場となり,厳しい条件からの復興でしたが,
都心でも,いくつか史跡が残っており,今では
落ち着いた雰囲気を取り戻しています.
カルバドス県の県都,バスノルマンディー州の州都でも
あり,学生さんが町中に多かった印象です.
 
caen1.JPG
caen2.JPG
 
ご覧のように,都心部の目抜き通りは,完全に歩行者優先で,
都市内の主要な場所には,最新式のレンタサイクルが整備
されています.SNCFの駅から中心市街地までは,
トラムで5駅,約10分です.トラムは,例によって24時間チケットでも
3.5ユーロ,1時間チケットが1.2ユーロなので,いわずもがな.

歴史的環境を残す旧市街と主な観光名所はコンパクト
まとまっていて,公共交通と自転車,後は歩いて十分に
楽しめる構造になっていました.

そして,Caenでもう一つ見なければ,と思っていたのは,
Normandie有数の,河港です.
 
caen3.JPG
 
ちょうど,この日は「港祭」っぽいものをやっていて,
たくさんの人々は,イベントやら,のみの市やら,
飲み食いやら楽しんでいました.
おそらく,こういうお祭りの時以外でも,
しっかり「生きている」水辺なんだろうなぁ,
というような感想を抱きつつ,帰りは駅まで
歩いてみました.

駅北側に巨大な駐車場を建設中とかで,
駅の周辺が殺風景でしたが,それにしても
一地方都市にして,この都心部の豊かさは何!?
と驚いたshort stayでした.

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